「いい大学に行き、大手企業に勤めなさい」という両親の教育の下、ぼくはそれなりに勉強をがんばり、大学に入学。その後も順調に就職も決まり、社会人としての人生をスタートさせた。

ここに至るまで、大きな挫折をすることもなく、実に”無難”な人生を歩んできた。

ただ社会に出てからは、挫折の連続だった。

毎日、満員電車に揺られ、残業に次ぐ残業。元々小心者だったぼくは、 とにかく自分を殺し、先輩や上司の意見にただ従うようになっていった。

そんな会社勤めに馴染むことができず、転職を繰り返す。

「社会で生きるとはこんなにも辛く、苦しいものなのか…」

そんなため息ばかり、愚痴ばかりの社会人生活を続けて4年が経った頃、人生を大きく左右する「ある出来事」が起こる。

当時、システムエンジニアとして働いていたぼくは、原因不明の腰痛に襲われ、歩くことすらできなくなってしまったのだ。

どこの病院に行っても、言われるのは「原因不明」の一言。

治療の方法さえわからないまま、月日だけが経ち、次第に心まで病んでしまっていた。

当時24歳。
人生でやりたいことはたくさんあるのに、何1つやっていなかった。

毎日腰の激痛に耐えながら、病院を探しては足を運んだ。そんな人生のどん底にいる時に、1つだけ決意したことがある。

「身体が治ったら、やりたいことをやる」

このまま一生治らないんじゃないか…。そんな不安に襲われながらも、希望を捨てず、いろんな人に話を聞いては、勧めてもらった病院に足を運び続けた。

こんな状況の中、ぼくが昔からずっとやりたいと思っていたことがある。

それは「世界一周」

20歳の時、父親から一眼レフカメラを買ってもらったのをキッカケに、旅に出ては写真を撮るということを繰り返していた。

そして、いつか世界中を旅して、たくさんの国の景色を写真に収めたいと強く思うようになっていた。

ぼくはその夢を叶えるため、情報を仕入れては病院を渡り歩いた。

そしてついに、病院を渡り歩いて4カ月が経った頃、知人の紹介で出会った治療院で腰痛の原因がわかり、治療とリハビリを開始。半年近くに渡るリハビリの末、ようやく普通の生活ができるまでに回復した。

この経験は本当に辛いものだったが、かけがえがないほどの『気付き』と『学び』を与えてくれた。

すべての人に当てはまることだけど、
人生、いつ、何が起こるかわからない。

ぼくはこの出来事をキッカケに「いつかやりたい」を自分の中で一切やめることにした。

そして「いつかやりたい」と思っていた世界一周に出るために、ぼくは準備を着々と進めた。

当時、英語をほとんど話せなかったぼくは「英語が学べる」ところ、そしてリハビリを通してハマってしまった「登山」ができるところの2つを軸に、1ヶ国目を探した。

その候補の1つとして挙がったのが、ニュージーランドだった。

Great Walks“というロングトレイルに、「世界一美しい散歩道」と言われているMilford Track。満点の星空に、ファーマーズマーケットなど、調べれば調べるほど、どんどんニュージーランドに惹かれていった。

そして2013年9月、ニュージーランドに初渡航。まずは3ヶ月間英語を学び、1~2ヶ月ほどニュージーランドを旅したら、他の国へ渡る。渡航前はそんなプランで考えていた。

▶「旅すること」と「暮らすこと」はまったくの別物

 
同じ島国で、同じように四季があるなど、身近に感じられる点がたくさんある日本とニュージーランド。

その一方で、日本の人口は約1億2000万人に対し、ニュージーランドの人口はわずか480万人と圧倒的に少なく、手付かずの大自然が数多く残り、時間がゆっくりと流れていく。

毎日、夜遅くまで仕事をして、常に忙しさに追われていたぼくにとって、この「ゆっくりと流れる時間」は何よりも贅沢だった。

いつしかぼくは、今までに経験したことのない「心の安らぎ」をこの国で感じていた。

そんな暮らしをしているうちに、ぼくはこんなことを考えるようになった。

 

「本当の豊かさ」とは?

いい大学に行き、安定した会社に勤める。そうすれば安心だから…

そういう教育の下で育ってきたぼくは、
何が成功で、何が本当の豊かさなのか。

ニュージーランドという国で、すべてがひっくり返されてしまった。

それは「混乱」に近いものだった。

なぜなら、今まで自分が信じて努力してきたことが、ある意味、すべて否定されてしまったかのような感覚になったから。

世界一周の1ヶ国目として訪れたニュージーランド。さっそく「強烈なパンチ」を食らわされてしまった。

なぜ彼らはこんなにも「豊か」なのか。
なぜ彼らはこんなにも「幸せ」そうなのか。

それを知るために、学ぶために、伝えるために、 ぼくはこの「ニュージーランド」という国に呼ばれたのかもしれない。

そう感じざるを得なかった。

この国の生き方・豊かさ・ライフスタイルに強い衝撃を受けしまったぼくは、ニュージーランドに残ることを決意。ビザの延長も含め、1年4カ月間滞在した。

▶ ぼくがたどり着いた1つの答え

 
ぼくがこの国で学んだことは計り知れないし、すべてを伝えきることはできないだろう。

この国で出会った絶景の数々。

ここに暮らす人々の素敵な笑顔。

初めて経験した自給自足。

何もないからこそ感じた「豊かさ」。

家族や仲間を何よりも大切にする「ライフスタイル」。

自分の「好き」を大切に生きること。

この国での暮らしを通して、ぼくがたどり着いた1つの答えが【Small is Beautiful -より小さく より美しく-】という生き方。

『小さく生きる』とは、必要以上のモノを持たない生き方。

『美しく生きる』とは、自分の心に従って生きること。

それが“Small is Beautiful”という生き方

ぼくはニュージーランドをキッカケに、価値観や生き方が大きく変わった。

そして人生が〝劇的〟に豊かになった。

この国には日本と比べれば何もないけれど、ぼくらが豊かに生きるための「ヒント」がたくさんある。

だから、ぼくは自分なりのやり方でたくさんの人に届けたい。そして、みんなと一緒に豊かさを共有したい。

そして1人でもたくさんの人が「本当の自分」を取り戻すことを祈って、ぼくはこれからもニュージーランドという国と関わり続けていく。

▶▶NEXT▶▶ぼくがニュージーランドで見つけた【Small is Beautiful】という生き方

トミマツ タクヤ


ニュージーランド写真家

【Small is Beautiful -より小さく より美しく-】をテーマに撮影・表現活動を行う写真家。2015年から過去40回に渡り「写真×音楽×ストーリー」を組み合わせた独自スタイルの上映会『Small is Beautiful』を日本全国で開催。1500名以上を動員し、その世界観は多くの人の感動を呼ぶ。2018年9月にはガイドブック『LOVELY GREEN NEW ZEALAND』を四角大輔氏らと共に出版。日本国内では伊豆・修善寺や隠岐の島・布施地区の地方創生プロジェクトの撮影やプロデュースを手掛けるなど『Small is Beautiful』の世界観を追求すべく活動を続けている。

2020年1月よりNZ究極のロングトレイル『Te ARAROA(テ・アラロア)』への挑戦とドキュメンタリー&映像作品の制作を発表。未知なるチャレンジに向けて、新たなスタートを切った。

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