「世界一美しい散歩道」と称賛され続けている『Milford Track(ミルフォード・トラック)』。3・4日目の天気が雨予報だったということもあり、本来は3日目に訪れるはずの『Mackinnon Pass(マッキノンパス)』を、2日目に一足先に訪れ、まさに「奇跡」と呼べる絶景と出会うことができた。
「もうこれ以上の感動は望めまい…」。後半戦は雨を覚悟して望んだ。しかし、ミルフォード・トラックの「奇跡」はこれだけでは終わらなかった。
ミルフォード・トラック体験記 – 3日目
初日:Glande Wharf - Clinton Hut(1 - 1.5時間・5km) 2日目:Clinton Hut - Mintaro Hut(6時間・16.5km) 3日目:Mintaro Hut - Dumpling Hut(6 - 7時間・14km) 4日目:Dumpling Hut - Sandfly Point(5.5 - 6時間・18km)
3日目の朝。雨は降っていなかったものの、山小屋周辺は深い霧に包まれていた。他のハイカーたちには申し訳ないが「昨日のうちに登っておいてよかった」と胸をなで下ろしながら、ぼくはゆっくりと準備をして、再びマッキノン・パスへと向かった。
そして約2時間ほどかけて到着。状況は変わらず、周辺はまっ白。昨日見せてくれた奇跡の絶景は深い霧に包まれ、何も見えず、ハイカーたちは落ち込み気味。それもそう。1年以上前に予約をして、この日を楽しみに、わざわざ遠い国からニュージーランドへとやってきた人もたくさんいるわけだから。
ハイカーたちは晴れることを信じて、ここで時間をつぶしていると、ある来客が。
この鳥は Kea(ケア)と呼ばれ、オウムの一種。ニュージーランド南島の山岳地帯のみ生息するとても珍しい鳥で、全長約50センチと大きく、オリーブグリーンの羽と広げた翼の下に見える鮮やかなオレンジが美しい。しかし「世界で最も頭のいい鳥」とも言われ、”超”がつくほどのイタズラ好き。バックパックや靴などの荷物を放置しておくと、紐が引きちぎられていたり、小さいモノは持って行ってしまったりと、油断していると大変な目に合う。
そして、この来客と遊んでいること30分。一瞬、上空に青空が覗いた。落ち込み気味だったハイカーたちにも少しばかり活気が出てくる。
そして待つことさらに5分。マッキノン・パス周辺は一瞬にして雲がはけ、周りを見渡すと…そこには辺り一面 雲海が広がった。「奇跡」の第2章がスタートだ。
この幻想的な景色を前に、ハイカーたちのボルテージも最高潮に。朝の柔らかい光に包み込まれたマッキノン・パスは昨日とはまた異なる、より神々しい雰囲気を醸し出していた。ここからは説明は不要。写真でその感動を味わって欲しい。
このフィヨルドランド国立公園の周辺一帯は、年間300日以上も雨が降る超多雨エリア。そんな中で2日連続天気に恵まれ、これほどの絶景を目の当たりにできたぼくは、どこまでも幸運だった。360°奇跡の絶景が広がっているマッキノン・パス。開拓者の2人の功績に最大限の経緯を払いながら、ぼくはこの地を後にした。
そして次に向かったのは、ニュージーランド最大の滝『Sutherland Falls(サザーランド滝)』。
落差はなんと580mもあり、世界でも5番の高さを誇る大瀑布とのこと。この滝の真下まで行くと、そこから見るサザーランド滝の高さと、吹き飛ばされそうになるほどの水しぶきに圧倒される。
見どころたっぷりの3日目は細かく説明する必要はないだろう。ただ純粋に、実際に訪れてみてこの景色を見てみて欲しい。その一言に尽きる。結局 雨の予報を覆し、この日も1日中ずっと快晴。またもや素晴らしい1日を過ごさせてもらった。
《番外編》なぜミルフォードトラックは「特別」なのか?
ミルフォード・トラック最終日の前に少しだけ余談。このミルフォード・トラックが「特別」と言われるのは、もちろんその「奇跡」とも言えるその景観美が1番の理由ではあるが、その他にも特別である要素がいくつかある。その1つ一方通行であること。
ニュージーランドには人気のロングトレイルコースがいくつもあるが、基本的に何日間かけて踏破するのか、どこからスタートにして、どこでゴールするのか、など様々なプランニングができるのだが、ミルフォード・トラックに関してはそのようなことができず、予約をする時点で、3泊4日間、決められた日に、決められた山小屋に宿泊する必要がある。もちろん逆方向ルートを歩くことも許されていない(※オフシーズンの期間のみアレンジが可能)。
また入山規制がとても厳しく、ミルフォード・トラックに足を踏み入れることができるのは、1日わずか40人のみ。
日本のようにピークシーズンは登山客が溢れて、登山道に行列ができたり、山小屋が人で溢れていたり…ということがミルフォード・トラックにおいては絶対にない。そのため、この大自然を思う存分に楽しむことができるのもニュージーランドのロングトレイルの醍醐味の1つ。ツアー参加やガイド付きウォークの方も含めると正確な登山者数はもう少し多いものの、どちらにせよ 予約なしには入山することはできない。
経済よりも、自然を守ることを何よりも優先しているニュージーランド。わずか40人だけが「世界一美しい散歩道」を存分に味わうことができる環境がしっかり作られていることこそが、ミルフォード・トラックが「特別」たる所以であり、世界中のトレッカーを魅了し続けている最大の理由なのだ。
ミルフォード・トラック体験記 – 4日目(最終日)
初日:Glande Wharf - Clinton Hut(1 - 1.5時間・5km) 2日目:Clinton Hut - Mintaro Hut(6時間・16.5km) 3日目:Mintaro Hut - Dumpling Hut(6 - 7時間・14km) 4日目:Dumpling Hut - Sandfly Point(5.5 - 6時間・18km)
いよいよ最終日。あまりに感動的な3日間だったため、最終日を迎えた朝は寂しさがどことなく込み上げてきた。
天候は曇り。マッキノン・パスの後は一気に下り、すでに標高はほぼ海抜に近いところまで降りてきたため、最終日は、初日と同じように原生林に囲まれた谷沿いを歩きながら、ゴールを目指す。3日目のような見どころはそれほど多くないものの、所々に美しい滝がお出迎え。
水はどこまでも美しく透き通り、まるで映画の中に入り込んでしまったかのような神秘的な空気感が漂う。人が手を加えなければ、自然というのはここまで美しいものなんだと、少し切ないような、でもそれ以上の感動が込み上げてくる。
インパクト”大”のゴール地点
そして、いよいよゴール地点が近付く。3泊4日53.5kmと聞くと、とても長い距離のように感じるかもしれないが、歩いていると本当にあっという間の4日間だった。
「まだまだ終わらないで欲しい…」
ゴール地点に近付けば近付くほど、そんな気持ちが強くなっていく。そして、ついにゴール地点『Sandfly Point(サンドフライ・ポイント)』に到着。歩き終えたハイカー全員が、とても充実した表情を浮かべていた。
ただし。ただしただし。ハッピーエンドだけで終わらしてくれないのが、このミルフォード・トラック。最後に強烈な、とんでもなく強烈なものを用意してくれていた。もう一度最終地点の名前を思い出して欲しい。
『Sandfly Point(サンドフライ・ポイント)』
サンドフライ…この名前にゾッとする人もいるのではないだろうか?そう、ニュージーランドで最も有害な生き物と言われる超厄介な「虫」のこと。見た目は小さなハエのような感じで、噛まれると2週間近くも痒みと腫れが続く。
ここではないものの、ぼくは旅中にサンドフライに顔を2カ所刺され、その時は頬がおたふくのように腫れあがってしまったことがある。特に女性の方はニュージーランドで登山するときはくれぐれも注意が必要だ(※日本の虫除けスプレーは効かないので、ニュージーランド現地の薬局で購入しよう)。
そんな恐ろしいゴール地点「サンドフライ・ポイント」にはシェルターがあり、そこで水上タクシーを待つ。リラックスしたいところではあったが、サンドフライから身を守るため、登山靴も脱がず、顔にタオルを巻くなど、万全の状態で、お迎えのボートを待つ。そして時間になるとボートが到着。ようやくサンドフライの呪縛から解放された。
いざミルフォード・サウンドへ
最後の最後までエピソード満載な3泊4回、53.5kmの旅路だった。「美しさ」だけでなく、インパクトも群を抜いているロングトレイルだった。
ちなみにミルフォード・トラックとしてはここで終了なのだが、実は最後にもう1つ大きな見どころがある。それは、あの観光地として有名な『Milford Sound(ミルフォード・サウンド)』。Queenstown や Te Anauからのツアーバスもたくさんあるため、訪れたことのある方も多いのではないだろうか?
氷河によって垂直に削り取られた山々が、1,000m以上に渡って海面からそそり立つドラマチックな眺めは、この国を代表する風景の1つ。
最終日は分厚い雲にミルフォード・サウンド全体が覆われていたものの、このような荒々しい雰囲気のミルフォード・サウンドもなかなか味があってカッコいい。ちなみにほとんどのハイカーはバスに乗ってすぐに帰っていったのだが、ぼくはミルフォード・サウンドで1泊。夕方から雲がはけてくれたお陰で、感動的な星空がお出迎えしてくれた。
「一生分の絶景を目の当たりにしたんじゃないか…」。そんな感覚に陥るほど、ぼくにとってこの5日間は「奇跡」の連続だった。
ミルフォード・トラック全行程を終えて
3泊4日、全53.5kmを終えて、心地の良い疲れと、今まで感じたことのない達成感に包まれていた。間違いなく、一生心に残り続けるであろう「奇跡」の4日間だった。前半戦の冒頭にも書いたように、ぼくはこのミルフォード・トラックを終えた直後に、帰国後「ニュージーランド写真展」を開催することを心に決めた。その時に書いたFacebookの投稿がこちら(原文ママ)。
世界で最も美しいと言われるトレッキングコース”Milford Track”、3泊4日、計53.5km無事完走してきました。熱が冷めないうちに感想を書こうと思います。
今は心地良い疲れと、今まで感じたことのない達成感に包まれています。本当に素晴らしい世界をMilford Trackは見せてくれました。間違いなく、ずっと心に残り続けるであろう景色だと思います。ゴールした時は込み上げてくるものがありました。
コースの半分以上はひたすら森の中を歩くので正直退屈な道程ですが、コース内で最も高い”Mackinnon Point”に着くと360°素晴らしい世界が広がっていて。世の中にこんな美しい場所はあるのかと。それほどまでにこのMilford Trackは素晴らしいコースでした。
言葉で説明できない景色ってこういうことを言うんだなって。
正直ここまで凄いとは思ってなくて、とにかく何も考えずに、ひたすらシャッターを押し続けました。何時間でもここにいたい。そう思える景色が目の前に広がっていました。そしてずっと景色を眺めてたら、急に2年前に病気で他界した親父のことを思い出してしまって。この景色を親父にも見せてあげたかったなって。世界にはこんなにも美しい場所があるんだよって。親父と母親のお陰で今この景色を俺は見ることができてるんだなって。
「生きててよかった」
そう思える瞬間をこれからもたくさん作って行きたい。もちろん旅だけじゃなく、仕事でも、何気ない日常でも。死ぬ時に”最高に楽しい人生だった”と言えるように。まだ先の話ですが、帰国したらNZの写真展をやろうと思います。この国で見たもの、感じたものを自分なりに表現したいと思います。NZの旅もすでに1ヶ月以上経ちました。この感動の余韻に浸りながら、これからゆっくりとオークランドに戻って、また英語の勉強に励みたいと思います。
※Milford Trackの写真は編集が終わったらアップしますので少々お待ちください。
当時のぼくにとってカメラはただの趣味だったものの、この体験が「写真家」として一歩を踏み出すキッカケとなったことは間違いない。そしてぼくにとって「人生が変わる感動」を実際に体験できたことは、ぼくの人生において掛け替えのない財産になった。
大自然の、人の心を癒す力。
自分自身と深く繋がることのできる不思議な空間。
この感動を100%伝えることは不可能だけど、少しでも多くの人にこのミルフォード・トラックの感動を届けたくて、そしてこの奇跡を直接、肌で感じて欲しくて、記事を書いてみることにした。もしあなたの人生が燻っているように感じているのであれば、ぜひ思い切って新しい挑戦や体験をしてみて欲しいと心から思うし、ぜひいつかニュージーランド、そしてミルフォード・トラックにもぜひ足を運んでみて欲しいと思う。
素晴らしい奇跡を見せてくれたこの『ミルフォード・トラック』に感謝の想いを込めて。心からありがとう。
トミマツ タクヤ
ニュージーランド写真家大学卒業後、大手企業に就職するも会社員生活に馴染めず転職を繰り返す。度重なる体調不良をきっかけに会社員生活に終止符を打ち、2013年 世界一周を夢見てニュージーランドへ初渡航。数ヶ月の滞在予定がニュージーランドのライフスタイルやウェルビーイング(心の豊かさ)に衝撃を受けて、1年4ヶ月もの歳月を過ごす。
帰国後は人生観を大きく変えてくれたニュージーランドの魅力を届けるべく、ニュージーランド写真家として活動を開始。『Small is Beautiful -より小さく より美しく-』をテーマに撮影・表現活動を行う。2015年から過去50回に渡り「写真×音楽×ストーリー」を組み合わせた上映会スタイルの写真展『Small is Beautiful』を日本全国で開催。”写真展示のない写真展” として話題を呼び、延べ5000名以上を動員。自身の人生をも変えたそのメッセージと世界観は多くの人の感動を呼ぶ。
2018年9月にはガイドブック『LOVELY GREEN NEW ZEALAND』を四角大輔氏らと共に出版。2020年1月にはニュージーランドの最長ロングトレイルコース『テ・アラロア』3,000km縦断に挑戦するも、ロックダウンにより1,100km時点で中断(2022年11月より再開予定)。
2020年5月には幸福先進国ニュージーランドに学ぶ「心豊かな生き方=Small is Beautiful」について学び、実践するための オンラインコミュニティ『iti(イティ)』をスタート。日本にいながらもニュージーランドを感じられるような場を作るべく『iti village project』を起ち上げるなど、“Small is Beautiful” の世界観の追求を続けている。
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▶︎ 撮影用HP:TAKUYA LeNZ Photography
▶︎ ロングトレイル専門メディア:Longtrail.com − 挑戦の先に見える景色を求めて −
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