ニュージーランドには「世界一美しい散歩道」と称され、世界中のハイカーを魅了し続けている『Milford Track(ミルフォード・トラック)』がある。ぼくがニュージーランドを訪れた理由の1つには、このロングトレイルコースに挑戦してみたいという思いがあったから。
このミルフォード・トラックとはニュージーランドの南島、南西部のフィヨルドランド国立公園内にある、3泊4日・53.5kmのトレッキングコースで、『Te Wahipounamu(テ・ワヒポウナム)』の一部としてユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。ぼくがこのコースを歩いたのはもうずっと前(2014年1月26日)になるが、今でもあの日、あの時に出会った奇跡の数々が鮮明に蘇ってくる。
ちなみに、ぼくが「ニュージーランド写真展を開催する」と決めたのは、このミルフォード・トラックを歩き終えたタイミングだった。だからもし、ぼくがここを訪れていなかったらニュージーランド写真展を開催することもなかっただろうし、今こうして「ニュージーランド写真家」として活動することもなかったと思う。それほどミルフォード・トラックはぼくの人生に大きな影響を与えてくれたロングトレイルコース。
そこで1人でも多くの人に「奇跡」とも言えるミルフォードトラックを実際に体験してみて欲しいという思いから、あの3泊4日・53.5kmのロングトレイルでぼくが目の当たりにした奇跡と感動について、1つ1つ振り返ってみようと思う。少し長くなるが、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。
ミルフォード・トラック体験記 – 初日
初日:Glande Wharf - Clinton Hut(1 - 1.5時間・5km) 2日目:Clinton Hut - Mintaro Hut(6時間・16.5km) 3日目:Mintaro Hut - Dumpling Hut(6 - 7時間・14km) 4日目:Dumpling Hut - Sandfly Point(5.5 - 6時間・18km)
実を言うと、ミルフォード・トラックを歩く前、ぼくはそれほどこのロングトレイルには期待していなかった。というより「期待しないようにしていた」と言う表現の方が正しいかもしれない。というのも、ぼくはすでにニュージーランドを1カ月半に渡って旅をしていて、すでに数々の素晴らしい絶景を何度も目の当たりにしてきたからだ。
テカポ湖やマウントクック、Great Walks(グレート・ウォークス)に登録されているトンガリロ国立公園やルートバーン・トラック、ケプラー・トラックなどを経験し、この1ヶ月半の旅で「感動し尽くした感」が自分の中にあった。さらに「世界一」と呼ばれるものには、どうも盛られているような気がしていて、期待値だけが大きく上回って、実際見てみるとがっかり…みたいなことがあるんだろうと、敢えて期待しないように出発当日を迎えた。
そんな面持ちの中、初日を迎えた。天候は曇り。テ・アナウからバスで約30分移動し、そこからボートに乗り換え、テ・アナウ湖を渡ること1時間半。いよいよスタート地点に到着。ミルフォードトラックはフィヨルドランド国立公園内にあるロングトレイルコースで、1年で300日雨が降ると言われるほど、世界的”超”多雨地帯。その雨が創り出した神秘的な原生林の中を歩く。
▶︎ Milford Trackへのアクセス ◀︎
「Te Anau」という街から約27km離れたところにある「Te Anau Downs」までバス、もしくは車で向かう。そしてそこからフェリーに乗り換え、テアナウ湖を約1時間半ほど移動すると、ミルフォードトラックのスタート地点である「Glande Wharf」に到着。ここからゴール地点の「Sandfly Point」まで53.5km、3泊4日の旅がいよいよスタートする。
そしてトレッキングコースの終了地点「Sandfly Point」からは再び水上タクシーに乗り、約20分ほど観光名所でもある「ミルフォード・サウンド」に到着。そこからTe AnauやQueenstown行きのバスなどがあるので、それに乗って街へ戻ることができる。山小屋や移動手段はすべて DOC(Department of Conservation)から予約することができる。
初日はわずか5kmほど。短い距離ではあったが、ロビン(写真上)という人懐っこい鳥が周辺をウロチョロ飛び回ってくれた(ニュージーランドはクマやヘビといった危険な動物がいないため、警戒心が薄い動物が多い)。また途中に、こんなフカフカの赤い湿地帯(写真下)が現れたり。
と言っても初日に話せるのはこの程度。ミルフォード・トラック前の直前の10日間では、ルートバーン・トラック(2泊3日・32km)、ケプラートラック(2泊3日・54km)を歩き、かなり疲労が溜まったいたぼくは、2日目以降に備えて、初日は身体を労ることだけに専念した。
⬆︎ トミマツタクヤが撮影を務めたガイドブック『LOVELY GREEN NEW ZEALAND』⬆︎
ミルフォード・トラック体験記 – 2日目
初日:Glande Wharf - Clinton Hut(1 - 1.5時間・5km) 2日目:Clinton Hut - Mintaro Hut(6時間・16.5km) 3日目:Mintaro Hut - Dumpling Hut(6 - 7時間・14km) 4日目:Dumpling Hut - Sandfly Point(5.5 - 6時間・18km)
そして迎えた2日目。この日はかなり早起きして、先を急ぐことにした。先を急いだのには「ある理由」があったから。このミルフォード・トラックの最大の見どころは3日目に訪れる Mackinnon Pass(マッキノン・パス)という峠なのだが、天気予報によると3日目は雨。しかし2日目は晴れ予報だったので、2日目のうちにマッキノン・パスまで見に行ってしまおうと決めたぼくは、早起きして先を急ぐことにした。
初日の山小屋「Clinton Hut」を離れると、しばらくは美しい清流に沿って歩く。早朝に出たこともあって、朝日が差し込む清流は優しい光に包まれていた。
そして原生林の中を歩き始めてから約2時間が経った頃。一気に景色が開け、切り立った山々が目の前に立ちはだかっていた。ニュージーランド先住民マオリ族の伝説によると、この険しい崖が連なるフィヨルドランドの地形は「トゥテ・ラキファノア」という巨人の石工が手斧で削って創り出したと言われている。
その圧倒的な迫力の自然の前に、人間としての「無力さ」だったり、逆に「生かされている感謝」のような想いが芽生えてきたりと、初めて体験する不思議な感情の起伏に戸惑いながら歩みを進めていった。
そして昼過ぎには2日目に宿泊する山小屋「Mintaro Hut」に到着。本来はここで終了だが、ぼくは山小屋に荷物を預け、昼食をさっさと澄まし、カメラと三脚、水だけを握り締めて、足早にミルフォード・トラック最大のビューポイント Mackinnon Pass(マッキノン・パス)を目指した。
足取りも軽く、一気に駆け上がる。そして標高が高くなるにつれ、森林限界を越え、少しずつ景色が開けてきた。いよいよあの「マッキノン・パス」が近付いてくる。そして目の前に広がっていたのは…
「世界にこんな美しい場所があるのか…」
山々に抱かれた360°の大パノラマを目の当たりにし、ぼくは完全に言葉を失っていた。そしてそこにはどんな言葉を使っても、どんなに優れたカメラであっても、決して表現できないほどの絶景が目の前には広がっていた。
まるで時空を超え、別世界に行ってしまったかのような、不思議な感覚だった。
「生きててよかった」
人生に正解なんてものはないけれど、そう思える瞬間をどれだけたくさん体験できるかが、人生において最も重要なことの1つだとぼくは思うようになった。この景色の一部になれただけでも、ぼくには生まれてきた意味があったし、そんな確信を抱くことができるほど、このマッキノン・パスからの眺めは圧巻だった。
ぼくは人生で初めて「過去」を受け入れることができた
何時間、ここにいたかは覚えていない。気が付くと、ぼくは大粒の涙を流していた。
社会に出てからの人生は、挫折の連続だった。何をやってもうまく行かず、会社を逃げ出したことも何度もある。そんな自分を変えたくて、逃げるように訪れたのがニュージーランドだった。自分の歩んできた道、選んできた人生をずっと恥ずかしく思っていたし、消し去りたいとさえ思っていた。でも1つ言えることは、もしこれらと違う道を歩んでいたら、ぼくはこの場に居合わせることはなかったということ。
すべての「点」と「点」は繋がっていた。
今まで苦しかったことも、辛かったことも、すべての出会いや経験が「今の自分」を作っていて、ぼくはこの景色にたどり着くことができた。それに気づくことができた時、今まで消し去りたいとさえ思っていた「過去」をすべて受け入れることができた。それは、今までの自分自身を、本当の意味で許すことができた瞬間だった。
過去を変えることはできない。でも受け入れることはできる。
人は「過去」をすべて受け入れることができた時、初めて「新たな一歩」を踏み出すことができる。ぼくにとっては、このミルフォード・トラックが「過去」を受け入れ、新たな人生を歩んでいく転換点となった。
ここを離れるのがとても惜しかったが、日も暮れ始めたため、山小屋「Mintaro Hut」へと引き換えし、感動のミルフォード・トラック2日目を終えた。ここまで天気に恵まれた前半戦だったが、3・4日目の予報は雨。「もうこれ以上の感動は望めまい…」。後半戦は雨を覚悟して望んだ。しかしミルフォードトラックの「奇跡」はこれだけで終わらなかった。
後半戦へと続く。
トミマツ タクヤ
ニュージーランド写真家大学卒業後、大手企業に就職するも会社員生活に馴染めず転職を繰り返す。度重なる体調不良をきっかけに会社員生活に終止符を打ち、2013年 世界一周を夢見てニュージーランドへ初渡航。数ヶ月の滞在予定がニュージーランドのライフスタイルやウェルビーイング(心の豊かさ)に衝撃を受けて、1年4ヶ月もの歳月を過ごす。
帰国後は人生観を大きく変えてくれたニュージーランドの魅力を届けるべく、ニュージーランド写真家として活動を開始。『Small is Beautiful -より小さく より美しく-』をテーマに撮影・表現活動を行う。2015年から過去50回に渡り「写真×音楽×ストーリー」を組み合わせた上映会スタイルの写真展『Small is Beautiful』を日本全国で開催。”写真展示のない写真展” として話題を呼び、延べ5000名以上を動員。自身の人生をも変えたそのメッセージと世界観は多くの人の感動を呼ぶ。
2018年9月にはガイドブック『LOVELY GREEN NEW ZEALAND』を四角大輔氏らと共に出版。2020年1月にはニュージーランドの最長ロングトレイルコース『テ・アラロア』3,000km縦断に挑戦するも、ロックダウンにより1,100km時点で中断(2022年11月より再開予定)。
2020年5月には幸福先進国ニュージーランドに学ぶ「心豊かな生き方=Small is Beautiful」について学び、実践するための オンラインコミュニティ『iti(イティ)』をスタート。日本にいながらもニュージーランドを感じられるような場を作るべく『iti village project』を起ち上げるなど、“Small is Beautiful” の世界観の追求を続けている。
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▶︎ 撮影用HP:TAKUYA LeNZ Photography
▶︎ ロングトレイル専門メディア:Longtrail.com − 挑戦の先に見える景色を求めて −
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